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地域活性化勉強会&交流会 開催レポート#3 商店街と子供たちの笑顔を守る「街づくり」 新狭山北口商店会 会長 田口博章さん / Part1

2026年4月21日(火)、地域活性化勉強会&交流会を開催しました。新年度がスタートした4月、狭山市産業労働センターにて2026年度初めての開催となりました。

今回の登壇者は、新狭山北口商店会の会長であり、多方面で精力的に活動されている田口博章さんです。

商店街の歴史から、今や全国的にも注目される「シンサヤママーケット」の裏側、そして未来への展望まで、情熱あふれるお話を、当日の熱量そのままにお届けします。
 

Part 1では、田口さんご自身の歩みと、新狭山北口商店街のこれまでの歴史についてお話しいただきました。

 

地域活性化勉強会&交流会とは

狭山市を中心に、地域の資源や特性を活かして活動するプレイヤーを招き、参加者同士の「共創」が生まれる場をつくることを目的としたプロジェクトです! 狭山市産業労働センターを拠点に、地元を愛する起業家、クリエイター、行政、そして市民の皆さまが混ざり合い、新しいアクションが次々と芽吹くコミュニティを目指しています。

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イベント概要

日時:2026年4月21日(火) 19:00-21:00
会場:狭山市産業労働センター(埼玉県狭山市入間川1-3-3)
登壇者:田口 博章 氏(新狭山北口商店会 会長)


24時間365日、商店街のことばかり考えています

田口さん
「皆さん、こんばんは。夜遅い時間にお越しいただきありがとうございます。こういった講演会というのは受けないことにしているんですね、実は。ただ、今回は星野さんからのご依頼ということで、星野さんとは2022年に初めてお会いしてからのお付き合いなので、彼からお願いされたら断れないということと、皆様と交流をさせていただくということで、私も勉強する気持ちで来させていただきました。」

「私は昭和41年10月に長野県大町市で生まれました。黒部ダムの長野県側の玄関口になるところです。昭和44年4月に狭山市民になりました。実家は呉服屋をやっていましたが、当時狭山市が日本でも人口増加率が高かったらしく、父がテレビを見てここを選んで越してきました。狭山市の小中学校を卒業して、高校大学はラグビーに夢中でいましたね。卒業後6年間、銀座の明治屋銀座ストアーや紀ノ国屋といった高級ストアで修行し、今の店のところに独立しまして32年になります。」

「家族は妻と息子3人がいまして、三男はこの4月1日から狭山市で小学校の教員をしています。孫も一人おります。私の趣味も特技も商店街活動です。もっぱら365日24時間、商店街のことばっかり考えています。あとはスポーツ観戦、特にラグビーや野球ですね。」

「月に一回はコンサートライブに行きますし、仕事柄、毎年岩手の方へ行って酒造りにも参加しています。また、さやまラグビースクールや、狭山警察署の少年非行防止ボランティア、保護司などの活動もしております。」

「性格は、小学校の成績表に毎年、おせっかいだとか、サービス精神旺盛だとか、落ち着きがないだとか書かれていました。サプライズが好きで、周りからは目立ちたがりだとよく言われております(笑)」

 

新狭山北口商店街の歴史と「スカイロード」の誕生

田口さん
「新狭山北口商店街の歴史をお話しします。昭和35年に川越産業工業団地の整備が始まり、ホンダやロッテなどの工場が創業されました。商店街が発足したのは昭和47年で、当時は30店舗でした。昭和63年には加盟店舗数が100店舗あり、平成6年あたりのピーク時には150店舗ほどありました。」

「平成7年に電線地中化をした際、一般公募で『スカイロード』という愛称が決まり、第一回スカイロードカーニバルを開催しました。この時は一日だけのイベントで予算が600万円もありました。市の補助金なしの自前です。阿波踊りの連に10万円ずつ出し、弁当やクリーニング代も全て払っていた、そんな時代でした。」

「現在の商店会員数は53店舗まで減り、ピーク時の大体三分の一です。月2,000円の会費を募り、市の補助金も頂戴しながら運営していますが、いずれは補助金を当てにせず、自力で、自走でやっていかなければならないと考えております。」

 

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