
世代や国を超え集まった参加者が、スタート前に記念撮影
同イベントは、平安末期の少年武将・源義高(清水冠者)ゆかりの地を巡るもの。父・木曽義仲の敗死後、源頼朝の人質として鎌倉で暮らしていた義高は、11歳で脱走を試みるも、入間川の河岸で追っ手に捕まりその生涯を閉じたとされる。実行委員会は「入間川の岸辺で起きた義高と大姫の悲しい物語を知ってほしい」と、義仲ゆかりの地である嵐山町大蔵を目的地に、鎌倉街道上道を歩くコースを設定している。
参加者は狭山市駅西口をスタートし、まずは市内史跡「清水八幡宮」を訪問。続いて、同イベントと連動して掲げられている「義高の鯉(こい)のぼり」が空を舞う入間川の「八丁の渡し」を通過した。さらに、義高が追っ手から逃れる際に地蔵の影に身を隠したという伝承が残る「影隠し地蔵」など、ガイドの解説に耳を傾けながら、地域に眠る物語を一歩ずつたどった。

老若男女!いざ出発
コースは狭山市、日高市、毛呂山町、鳩山町、嵐山町の5市町にまたがる。道中では、地域の枠を超えた温かい支援が参加者を支えた。「影隠し地蔵」では、県立狭山工業高校の生徒たちが、自ら開発・製茶した「狭紅茶(さやこうちゃ)」を振る舞い、冷たいお茶が歩行者の喉を潤した。

影隠し地蔵で狭紅茶を振舞う
また、毛呂山町歴史民俗資料館では、特産の「桂木ゆず」を使用したゆず茶が提供された。同館を訪れた毛呂山町の井上健次町長は「今後は毛呂山からのコースも検討できれば、より多くの町民が参加できるかもしれない」と、さらなる広域連携に期待を寄せた。

毛呂山町歴史民族資料館ではゆず茶のおもてなし
今回は歴史交流として、義仲ゆかりの地である長野県木曽町から13人の一行も参加。バスでコース上の史跡を巡りながら、義仲・義高父子が結ぶ縁を深めた。

木曽町一行と狭山市長
参加者の顔ぶれも多彩だ。最高齢となる(88)の男性や、関西から訪れた歴史ファンなど幅広い。7回目の参加というオーストラリア出身のアンドリューさんは「物語のある場所を実際に歩けるのは非常に興味深い」と話し、影隠し地蔵に静かに手を合わせた。毎年大阪から参加している山本さくらさんは「地域の歴史を掘り起こし、大切に伝えている人々に感謝している」と笑顔を見せた。

影隠し地蔵に手を合わせるアンドリューさん
スタートから約4時間後、先頭の参加者がゴールの嵐山町大蔵神社に到着した。1~3位を独占したのは川口市から参加した高校生グループ。昨年も参加し、今回は1番乗りを目指して挑んだという。本間康太郎さんは「急な坂を登りながら当時の足跡を感じた」と振り返り、伊藤翼さんは「自然を楽しみながら歩けるのが魅力。また挑戦したい」と声を弾ませた。狭山市から参加した50代の男性は「地域の歴史だけでなく、人の温かさを感じられるのがこの大会の魅力」と語った。

1・2・3位の表彰
発案者で実行委員会代表の吉岡勇三さんは、市民大学での学びをきっかけに義高と大姫の悲恋を知り、鎌倉街道に関心を持ったという。第1回開催時には、狭山市名誉市民の故・大野松茂氏の応援も受け、新聞メディアの影響で申込者が殺到した。コロナ禍による中断もあったが、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の影響もあり、リピーターも着実に増えている。

地域の宝は地域活性につながる 吉岡実行委員会代表
ゴールでは実行委員会スタッフに加え、嵐山町先賢顕彰会のメンバーが完歩した人々を拍手で迎えた。同会会長は「先祖を敬いながら、街の活性化につなげている」とこの活動を評価する。

ゴール!大蔵神社
吉岡さんは「人口減少の中でどう地域を活性化させるかは共通の課題。今後は活動を若手へ引き継ぎ、人を育てることで街の活性化につなげていきたい。市民がどう動くかで世の中は変わるはず」と、次世代への継承に強い意欲を見せた。
今回、参加者189人のうち174人が24.2キロを完歩。運営には学生ボランティア22人を含む55人のスタッフが携わり、新緑の景色とともに、歴史を繋ぐ人々の情熱が輝く1日となった。

学生ボランティアとスタッフによる水分補給
この件の問い合わせは義高ウォーク実行委員会
https://yoshitakawalk.jimdofree.com